とくなが

 わたしとモンゴルとの国際歯科医療交流
  2006/3/30

 
私とモンゴルとの関わりは1998年から、もう8年になります。その間、川西市歯科医師会の会員の皆様から多額の支援金と多くの歯科医療物資のご支援を頂き誠にありがとうございました。本紙面をお借りして心から御礼申し上げます。
モンゴル国は1990年、世界で2番目に古い社会主義から市場経済へ移行しました。自由経済がもたらした一番の悪影響は即、子どもたちの口の中に発生しました。むし歯と歯肉炎(歯周病)と歯列不正。むし歯では日本の35年前に逆戻り、歯肉炎と歯列不正はまさに日本の現代病そのものです。
私が参加しているボランティアチームは現地に医療団を短期派遣して、医療を提供する団体ではありません。1991年に日本モンゴル文化交流協会(会長佐藤紀子氏)を介して、「モンゴル人自身の手でモンゴル国民の健康を守る」ために、歯科医療と公衆衛生の向上を目指して協力するため編成された公衆衛生医療班(代表黒田耕平氏)で、13年間で日本人延べ250余名が参加している予防プロジェクトチームです。
首都ウランバートル市に予防を中心とした先駆的医療施設「エネレル」歯科診療所が日本人の支援の下、開設され、そこが交流拠点になっています。私が参加した当初はまだまだ日本人が大半、企画・実践していましたが、いまでは「エネレル」のスタッフが中心になって、モンゴル人医療関係者自らが様々な歯科医療・保健予防活動を企画・実践し、日本人は資材の提供と助言をするだけにまでなってきました。
私が小児歯科医になって、36年。その間、多くの方々の援助をいただきました。モンゴルの子どもたちに日本の子どもたちの二の舞を起こさせたくない。その願いから、モンゴルの子どもたちに何らかのお手伝いすることで、いろんな方面への恩返しになのではという気持ちで参加しています。私はこれからも出来るだけモンゴルの子どもたちを見守っていきたいと思っています。皆様のご理解とご支援をお願いいたします。

川西歯科医師会創立50周年記念誌(平成18年3月発刊) 寄稿

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